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一人は皆と、皆は一人と、共に影響しあって、世界は動いていきます。
もう無関心ではいられない、世界の動きを検証します。
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■転機を迎える台湾(1) 【2003年11月23日】
独立派vs中国統一派 / 争点は改憲へ / 代表権問題
故蒋介石夫人の宋美齢さんがニューヨークで死去し、
台湾がゆっくりと、しかし確実に変わっていこうとしています。
来年3月に迫る台湾の次期総統選挙がどんな転換点になるか眺めてみました。
■独立派vs中国統一派
2004年3月の次期総統選挙が、台湾独立の試金石となるとみられて注目を集める台湾です。
自由主義陣営の民主主義国として独立したいグループと、共産主義中国と統一したいグループの戦いは、混沌としているといわれてきました。
アメリカ政府系に近い筋からは、中国への「メルトダウン=溶けること」を指摘する声も出ています。
つまり、
中国から台湾へ出稼ぎにくる人々や、結婚目的で台湾にやってくる中国人女性たちなどが台湾の人々と結婚して、大陸と親戚関係ができたケースが多いこと。
また、多数の台湾人や台湾企業が中国との経済関係を結んでいるため、
いくら政治思想が違うといっても、家族の絆のほうが圧倒的に重視されて、
台湾は結局、なし崩しに中国化していくのではないか、それを止めようがないのではないか、という心配が囁かれているというのです。
独立派の状況は結構厳しい、と見られてきました。
というのも、台湾独立派はやはり意識の高い一部の人々が先導していますが、どの国でも同じように意識の高い人々は少数だからです。
一方、中国派は、第二次世界大戦後に大陸から渡ってきた人々と子孫を中心に、中国への経済活動をしている人々です。
では大半の台湾の一般人はどうか、というと
台湾人としてのアイデンティティーをまだはっきり持っていない、といわれ
独立派の人々がどれだけ一般の人々に「自分たちは台湾人だ」という意識を持たせられるか、がカギになるとみられてきたわけです。
■争点は改憲へ
今年9月6日に独立派が行った、台湾を中華民国ではなく「台湾」と正しく呼んでいこうとする「正名運動」は、主催者側発表で10万〜15万人以上を集めたデモ集会となった、と各メディアで報じられました。
特に、世界のメディアは自発的で民主的なデモや要求を敏感に取り上げますから、世界中に台湾の民主化の動きが報じられ、世界にアピールできたという一定の成果を果たしたわけです。
独立派は、この「正名運動」を核に、台湾人アイデンティティーを確立して時期総統選挙に持ち込もうとしているようにみえます。
独立派の現総統・陳水扁氏(=民進党)は、今、11月をめどに住民投票法を成立させようとしています。
そして、2004年3月の時期総統選挙と同時に、原発続行の是非とWHO加盟の是非を問う住民投票を実施するとしています。
そして先日、もう1歩踏み込み、住民投票で新憲法を制定するという姿勢を打ち出しています。
もちろん、「台湾」を正式国名として名乗るのが、憲法改正の眼目です。
これに対して、中国統一派の野党主席・連戦氏(=国民党)は、いままで正名運動も、憲法制定も、もちろん反対でした。
が、
ここに来て「改憲」政策に転換したと報じられています。(11/20付け産経)
野党=国民党の「改憲」政策は、「1つの中国」を原則とする新憲法を制定しよう、というものです。
独立派の勢いに押された形ですが、この政策転換は、とても大きな意味があると思われます。
こうして、来年3月の総統選にむけて、台湾の人々は国の行方を2分する政治の季節を迎えています。
先の日本の、中途半端なマニフェスト選挙顔負けです。
■代表権問題
台湾の帰属がどうなるかは、日本にとり、非常に気になるところです。
ひとつは、台湾が中国になると、シーレーンなど東アジアは中国に抑えられて、日本が不利になるからです。
もうひとつは、台湾の代表権問題にからんでです。
台湾は、日本が1945年8月にその領有権を放棄した領土です。
その後、9月に占領国軍総司令官マッカーサーの指令第1号によって、中国国民党軍が治安維持のために台湾に入ったものです。
その後、国民党軍が中国大陸で共産党軍に負けてしまい、国民党とその家族、支援者などが台湾に移ってきたわけです。
ところが、6年後に
1952年のサンフランシスコ条約で、日本が占領から独立を回復したとき、その条項の中には、台湾の放棄は明記されましたが、帰属をどこにするのか、明記されませんでした。
ですから、1945年8月に日本が手放した台湾の帰属は、その後、まだ宙に浮いている問題なわけです。
日本が台湾を手放すときに、ただ手放すだけではなく、台湾の今後は人々の意思によって帰属を自分たちで決める、とか1文を入れられれば良かったと思われます。
ですから、台湾の帰属については、まだ日本にも責任があるのだと思われます。これが、台湾が戦後の後始末の忘れ物といわれる理由だと思います。
また、中国国民党が描いた中華民国という国は、実際は、共産党との戦いに負けてしまい、中国大陸には一度も領土を持っていません。
つまり、台湾の帰属が決まっていない以上、台湾が中華民国だというのは、ムリがあるという考え方です。
でも、実際は、1949年に台湾で中華民国総統を宣言した蒋介石の国民党は戒厳令を敷いて台湾を統治し、1987年まで38年という世界最長の戒厳令を敷くといった圧迫政治を行ったわけです。
ですから、今回、故蒋介石夫人の宋美齢さんが104才で亡くなったことは、台湾の独立派の人々にも、中国統一派の人々にも、いろんな感慨が起こると思います。
この、重要な時期に歴史の歯車がまたひとつ静かに回ったような気がします。 <Rei>
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