

【 イスラムのゆくえ 】
序説
第1部
イスラム国寸描
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」
第2部
文明の概観、経緯、特徴
「イスラム文明拝見」
第3部
「イスラム文明の盲点」
第4部
文明の今後
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2004年の年間テーマ【 イスラムのゆくえ 】
複数の視点と切り口から、このイスラムの行方に迫ってみようと思います。
第3部では、イスラム文明圏の盲点に焦点を当てています。
イスラム圏の課題、現在の混乱を読み解く筋道をます。
序説
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」 第1部 イスラム国寸描
1〜3月
「イスラム文明拝見」 第2部 文明の概観、経緯、特徴 5〜6月
「イスラム文明の盲点」 第3部 文明の盲点 9月〜
? 第4部 文明の今後 12月〜
の括りになるよう書く予定ですが、配信月など変わることも..。
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■ イスラム文明の盲点 - 極端な平等 【2004年9月6日】
水平ネットワーク / ピラミッド型 vs
ブンチン型
第3部のスタートです。
7月にイラク暫定政権へと主権が移譲した後では、イスラム熱に飽きがきてます。
ロシア南部の北オセチア・ベスラン第1中学校襲撃事件の惨さは世界の批難を浴びていますが、相変わらず不満を暴力で爆発させるイスラムの人々の反応が、ワンパターンに見えてきませんか?
ここでは、イスラム文明の盲点にフォーカスしてみます。
「国境を越えて同じイスラム教徒として生きる、国際性がある」と彼らが誇る、イスラム圏の停滞の原因を眺めてみます。きっと近代化への課題が見えてくると思われます。
まずは、イスラム独特の「平等性」を取り上げてみます。
■水平ネットワーク
今回、イスラム関連資料を読んでいて、イスラム圏が没落した理由のひとつに思い当たりました。
それは、イスラム文明圏全体の特質からなんです。
現在、欧米・日本などはネイション・ステート(国民国家)の姿を取っています。
「国」は、国境で囲まれた領土があり、国民意識を持った集団がいて、法律という規制力で主権が行使され、その権力の行使などはピラミッド状に組織化されています。
私たちの社会では、
いろいろな組織がピラミッド状の姿を取ることに、皆、違和感がないと思います。小さくは家族から始まり..会社などにも組織があり、上司・部下の関係があり、さらには国、国民というひと塊があり、繁栄・発展を目指して向上していくという、高みを目指す縦の方向性があります。
ところが、
イスラム圏は、どうもそうではないようなのです。資料を読めば読むほど、
水平型ネットワーク社会を指向していて、境界のあいまいな広域空間なのだと感じられます。まったく、欧米・日本などの諸国とは価値観を異にしている文明なんだとわかります。
例えれば、果てしなく拡がる平らな水面に葉っぱが落ち、同心円が幾重にも広がっていくイメージでしょうか。
水面はあくまでも平らで、いろんな物がいろんな場所に落ちて、波紋が多数交差しあって様々な影響があり、水面も賑わっている。そんな感覚なのです。
これは、マホメットの提唱したイスラム教から出てきている社会の特徴だと思われます。
つまり、
アッラーの神以外に絶対的な権力がありません。アッラー以外の「すべての存在」はまったく等位の関係にある。イスラム共同体は「ひとつ」である、ということですから
人は様々な個性を最大限に尊重しつつも、上下の関係ではない。水平的な関係を結びながらひとつの社会を作っていく、というのがイスラム社会の考え方なんですね。アッラー以外は一律に全員平等だという、平等主義が非常に強く打ち出されています。
人々を束ねる組織というものには、ピラミッド型とブンチン型がありますが、イスラム文明圏は、巨大な巨大な一大ブンチン型なんです。
ですから、イスラム圏では、歴史的に見ても国境が明確に意識されては来なかったわけです。民族としてのまとまりが希薄で、それよりも、民族や個性は違ってもアッラーの下に平等だという原則が前面に押し出されて貫かれています。
イスラム圏はモザイク模様だといわれる理由も、ここにあります。他民族や、異教徒も、税金を払いイスラム教徒の支配権を受け入れるならば、共存できるというのが彼らの統治方法なので、元々イスラム圏には種々の人々が混在して住んでいるのです。
中央アジアからロシア南部、旧ユーゴ、イスラム系アフリカの各地域は、どうして、あのように民族宗教が入り組んで混ざり合っているのか。
その根拠は、こうした、イスラム社会の統治方法に求められるわけです。
ですから、現在特に、イスラム関連の紛争地帯は、民族・宗教が複雑に入り組んでいて、問題が余計にこじれてしまっているわけです。
ですから、同じイスラム教徒として、団結して国を作ってコトに当ることも、歴史上あまりしてこなかったんですね。ピラミッド組織を作り、役割分担をして組織戦で衆知を集めてコトに当る思考方法はあまり得意ではないと思います。あの広範囲に拡がったイスラム圏ですが、それぞれの地域は地域なりに有力部族や王族がそれぞれの力量で仕切ってきたわけです。
ブンチン型で組織を回せる人数は、中央のポッチ(=リーダー)1人の力量が限界になりますから、ピラミッド型より少人数ですね。
アッラーひとりで、8億、9億のイスラム教徒を束ねる巨大ブンチンは、組織構造的に見てムリなのだと思われるのです..。
おそらく、この、「平等性」が強調されすぎているために、
イスラム圏は、近代社会へと移行する条件となる「国民国家=民族意識」を形成できず、それが、18、19、20世紀にイスラム圏の植民地化を招いたと思われます。
結局、辿っていくと、「唯一神アッラー」以外の人間社会を運営する方法論が一律平等のワンパターンで、人間の能力を引き出して結集する力量が未熟なのではないか。それが、イスラム圏がヨーロッパ文明の到達した近代国家との戦いや外交・貿易などに負けていくことになった最大の原因なのではないか、と思い当たったわけです。
■ピラミッド型 vs ブンチン型
イスラム教徒の資料を読むと、彼らは「イスラム教が多民族に拡がる世界宗教にふさわしい」と、考えているようです。異民族が多数アッラーの下に平等に集うのを理想としています。
ですが、平等観が極端にまでいっているイスラム文明圏なので、
変な話ですが、日本人人質事件解決の際も、犯人グループやその意図を特定するのが非常に難しかったようです。欧米・日本社会のように、社会組織がピラミッド状なら、幹の部分を押さえれば末端の犯罪グループも絞り込みが簡単ですが、
イスラム武装勢力にも「核」になるものはなく、中心的役割を果たす人物&集団が多数存在してネットワークでつながる「根茎型社会」なのだそうです。方々で個人的に散発的に動くため、いつどこからどんなものが出てくるか特定しにくい、と情報分析専門家が指摘しています。
イスラム過激派、原理主義派も、イスラム圏からバラバラと誕生し、特に国境や国籍、民族名は問題視されませんね。出身国以外のイスラム圏で活動することにもあまり違和感はないようです。
ですから、イスラム武装勢力や反米運動も、1つを潰せば「一網打尽になる」ことがありません。
こうした社会では、1人1人が自分に可能な範囲で自由に判断して行動する「主役」ですが、砂粒1つぶ1つぶに近く、取りとめがありません。
それでいながら、砂粒が多数集ると、存在感が出て、ある一定方向の動きが出て、政治化していきます。
イスラム文明はこうした「水平型文明」なんですね。
それに対して、欧米型文明というのは「垂直型文明」なんですね。
やはり、ある理念・理想に向けて多人数を組織的に取り込んで集中してコトを進めるスタイルですから、その集中したエネルギーは方向づけがはっきりなされ、大きな仕事を成し遂げるのに有利なのです。
「平等性」よりも、「公平性=自由性」が強調されているのです。
つまり、
各人の個性や能力・努力に応じた成果(=地位、報酬など)を用意して公平に処遇する、ということが社会統治の方法論のベースにあるわけです。
つまり、「公平=自由」ということは、各人に切磋琢磨による格差がつくことを認める社会なのです。
つまり、「人間の存在」としては平等だけれども、能力・個性に応じた上下感があり、目的に向かって役割分担をして総力を結集するのが上手です。
イスラムの場合は、「平等」が足かせとなり、数ある集団がピラミッド状に組織化されずに、エネルギーは分散してしまい、それで、ヨーロッパ文明圏に負けてしまったのではないかと思われます。
現在、トルコ北方のコーカサス地方、旧ユーゴなど、イスラム教徒との衝突が起きている地域、4カ国にまたがって居住するクルド人問題などがありますが、
欧米が地図上で植民地地域をケーキカットした18、19、20世紀当時、民族ごとの区域を配慮しなかったのが原因となって、現在のイスラム地域の紛争が起きている、2周遅れの民族問題だとも言われます。その見方の半分はそうなのでしょうが、もう半分は、
元々伝統的に、
イスラム圏の人々には、民族としてまとまる意識が少なく、民族としてよりもイスラム教徒として等質な自分たちを認識していたという、文明の特質も大きいと思われます。
ですから、21世紀に入り、世界から2周遅れで、イスラム圏各地で「遅れてきた民族主義=民族意識」が台頭してきており、
その彼らの民族主義の打ち出し方が、「マホメット以来の武力進攻スタイル」以外にないために、イスラム圏各地で紛争・武力衝突が激化しているわけです。
さらにまた、この「平等」があまりにも社会全体に行き渡ったために、イスラム文明圏全体が時代の変化についていけず、時代適合性もなくしていったのだと思われるのです。
「イスラム的停滞」、「イスラム的甘え」として指摘されるようですが、
彼らは「人間は平等なのだから、金持ちは貧しい同胞を扶養するのは当たり前」といった発想をしてきがちです。
その根っこには、この「平等性」のワナがあるわけです。努力していく人間を尊び、評価する仕組みが社会的に弱く、また、努力をしないでよい言い訳としてこの「平等性」を使いがちなのでしょう。
自分たちで創意工夫して、切磋琢磨して伸びていこうとする動き、社会変革していこうとする意欲が弱いことと、変革のための方法論を文明圏全体で磨いてきていないわけです。
マホメットの武闘路線をただただ繰り返しているだけです。
それが、
結局のところ、この300年間、イスラム圏が貧しいままに居つづけて、自分たちの力で社会変革できていない原因ではないでしょうか。フセイン政権も自分たちの手で倒せていませんしね。
ひいては、それが、外圧(=アメリカのイラク攻撃)でもって強制的に近代化せざるを得ないような状況に立ち至った原因なのでしょうね。
彼らが、西洋型の近代化を拒否して、イスラム型の近代化、イスラム国家として独立して近代国家となっていきたいなら、
この自分たちの文明の「水平性」の特質を知り、西欧文明圏の「垂直性=自由・公平」の概念を取り入れることだと理解することが必要だと思われるのです。
西洋文明に飲み込まれると思うから、必死になり反撃して自分たちの文明を守ろうとするのも分からなくはないですが、
イスラムの「水平性」に垂直思考を加味するのだと理解できたら
そうしたら、
あのような悲惨なジハードやイスラム過激派の世界各地でのテロに訴えなくとも、他国に頼らなくとも、ある程度まで自分たちの社会を近代化していく衆知も集められるのではないか、と思うのですが。
テロに訴えるなど、子どもの「甘え」と一緒ですね。少なくとも責任の取れる大人の対応ではありませんしね。
うーん、今回はかなり辛口です。来週は、経済の面からイスラムを見てみます、お楽しみに
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