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【 イスラムのゆくえ 】

序説

第1部
イスラム国寸描
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」

第2部
文明の概観、経緯、特徴
「イスラム文明拝見」

第3部
文明の盲点

第4部
文明の今後
2004年の年間テーマ【 イスラムのゆくえ 】
複数の視点と切り口から、このイスラムの行方に迫ってみようと思います。

第2部では、イスラムの中心部であるアラビア半島に目を向け、・イスラム文明が起こってきた経緯や、特徴・イスラム文明が担った役割をみてみようと思います。
「そもそも、なぜ&どのように、イスラムが起こってきたのか」から入ってみます。


             序説
ユーラシア異変
「イスラムとの遭遇」  第1部 イスラム国寸描        1〜3月
「イスラム文明拝見」 第2部 文明の概観、経緯、特徴  5〜6月
?            第3部 文明の盲点          8月〜
?            第4部 文明の今後          10月〜

の括りになるよう書く予定ですが、配信月など変わることも..。

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イスラム文明拝見 - イスラム政治 【2003年6月6日】

    イスラムの政治 / 部族主義


いよいよ、混迷きわまるイスラムの政治の基礎の基礎を少し眺めてみます。



■イスラムの政治


イスラム世界では、マホメットが「アッラー」からの啓示を受けて、唯一神信仰を説き、地上の人間の生き方(イスラム共同体)全般を説きました。

これは、神政一致=祭政一致の政治と言われます。つまり、「聖」と「俗(政治、軍事)」が渾然一体化しているということです。

日本でも、天照大神、卑弥呼の時代など、定期的に神降ろし(=ご宣託)をして政治の判断・方向を伺い、それで地上世界の政治を行っていたのと基本は同じです。

そのマホメットが西暦632年に亡くなり、以後、地上のイスラム世界には宗教的権威の中心は存在しないと言われます。これは、どういうことかと言うと、

つまり、唯一神の「アッラー」がいて、地上世界にはイスラム教徒として平等な個人個人の集りと、コーランだけが残されたということです。


宗教と政治と軍事が一体化していますから、


残された人間たちにとっては、「正しい信仰とは ⇒ 正しい信仰を実践することであり ⇒ 正しい政治を行うこと」となり、「政治」を、「正しい信仰の実践のための手段とみる」のが、イスラムの政治の特徴となっていきました。


「政治」は「信仰を行動で表わしたもの」ですから、以後、イスラム世界では


「宗教紛争」と「政治紛争」は渾然一体のものとなり、常に「後継者」を巡って合い争うことになっていきました。

イスラムの政治は、「正しい統治者のあり方」をめぐって揉め、「誰を政治の指導者 = つまり、正しいイスラム信仰の実践者として戴くか」という1点で動くのが、特徴です。

スンニ派、シーア派、ワッハーブ派..などなど分裂しますが、すべて、後継者争いから発生した分裂です。


ですから、「各派」は、欧米・日本社会でいう「信仰を持った政治団体」と同じような働きをすると見てよいと思われます。TV画面で、シーア派住民のデモ..などなど映りますが、欧米・日本社会の一般人デモより、もっときわめて「信仰+政治+軍事」行動なんです。


個人個人の行動は、「口コミで情報を知らせる」「石を投げる」「銃を発砲する」ことかもしれませんが、その行為はその個人の「信仰+政治」行為なんです。

イスラム教は、よく「行動する宗教」だと言われるようですが、

アッラーの定めた善行(=聖戦も含めて)を行うことが求められ、心の中だけで神を信じているということはありえないのだそうです。


ホメイニ師、サドル師、OOO師..という宗教指導者が常にそれぞれの自派の人々をリードしていきますが、一般の人々よりOOO師が上位に位置するという上下観では見ていないようですね。

まず、共に人間として、アッラーの下に平等であると見ていて、イスラム法学者としてより専門的にアッラーの教えを深く理解している人、解釈する立場にある人、という立場なんだとか。

一般のイスラム教徒は、難しい問題は、自分の独断で物事を判断することはなく、この専門学者の解釈に従うことになっています。

ですから、人質事件も、このイスラム法学者の解釈と判断が発されると、誘拐犯たちもほぼ従うわけです。

サドル師がリードする民兵たちも、イスラム法学者シスターニ師が新たに発足したイラク暫定政権を承認したら、もう撤退するしか取る道はないわけです。



■部族主義

イスラム圏が部族社会を捨てて、または捨てずに、民主化するものでしょうか?


イラク民主化の足かせになっている、と欧米・日本などから見られている「部族社会」を見てみます。


いろいろな資料を読むうちに、アラビア半島の砂漠地帯の自然環境はほんとうに過酷で、その中で生き抜く智恵として、代々この部族主義を取らざるをえなかったのだなあ、と思えてきました。


温帯地域に住む人々とは、基本的に自然に対する感じ方が違っています。


温帯では、人間が何もしなくとも、自然は恵みを与えてくれるものです。太陽が照り、豊かな大地には周期的に雨が降り、植物が自生し、実りをつけ、人間にも収穫を与えてくれる。


これに対して、砂漠地帯ではこうなります。


犯罪人を罰するときには、犯人から服を剥ぎ取り、丸裸にして砂漠に2〜3日放置すれば、人間が何もしなくとも苛烈な太陽が刑を執行してくれる。


水のあるオアシスから一歩出れば、そこは無人の荒野であり砂漠です。こうした砂漠では、水がなければ人間も動物も、植物も、非常に非力でか弱い存在です。その非情さを痛感しているのだと思います。1日、2日と水がないだけで、生命が持ちません。

そうした中で放牧し、交易をし、家族を養い、人生を生き抜いていくには、リーダーの判断が生死を分けます。自分ひとりで砂漠を乗り切れないなら、優秀なリーダーの判断に従う以外に、生き残る道はなくなります。個人の自由の範囲は非常に狭くなります。

アラブの砂漠では、個人が1人の人生を全うするとして、人生全分野の知識と技術と判断力、体力に秀でていたとしても、オアシスを束ねる部族と親交がなければ、水1滴手に入りません。人は、万能ではありませんから、部族を離れてはどんな助力も得られません。


人は何がしかの部族に所属することなく、生きることができないわけです。


アラブでは、「砂漠にはたわわな樹木の姿はない。唯一あるのは、家族樹という豊かさだ」という考え方があるそうですが、

過酷な砂漠の地で生きていくには、何より人間の結びつきが大事なわけで、イザというときに助けてもらえる身内が何人いるかが、暮らしやすさや繁栄、情報、交易、安全保障に直結します。

ですから、

アラブ女性は、多産が奨励されます。徹底して、多産で母性的な女性とその生き方が理想とされています。太閤秀吉の「千成り瓢箪」のように、家族樹が子沢山でたわわになる姿が、アラブ部族社会のひとつの理想形なのだと思われます。ちなみに、日本の出生率は1.34ほど、パレスチナのガザ地区では6.6にもなります。

よそ者が、オアシスのある部族に入りたいと来た場合は、その部族の長がOKを出してはじめて泊まれますが、いきなりその部族の者ならどの家にも泊まれるものではなく、

その部族家系樹という身内のどこかに位置付けられるか、部族家系樹から外れた場所にテントを張っても良い許可が出る。というものだそうで、かなり厳密な区分があるようです。

こういった部族家系樹の配置は、戦闘時の戦陣の組み方にも忠実に出ているのだそうです。

ですから、

この家族樹での名前の付け方は、徹底して父方を延々と遡っていきます。民族の祖先のイブラーヒーム(=アブラハム)まで、理路整然と父方の名前を辿れるほどすばらしいのでしょうね。

本人、父、祖父、曽祖父、...→....イブラーヒーム(アブラハム)=アラブ民族の先祖

日本の「寿限無(じゅげむ)〜」も顔負けで..通常は使いづらいので、現在、サウジアラビアでは
本人、父、祖父、(部族名 or 家族名 or 出身地名 or 職業名を1つ)長くとも4つ程度を並べるだけだそうです。

「オサマ・ビンラーディン」と通例呼ばれるテロリストは、

「ウサーマ・ビン=ムハンマド・ビン=アワド・ビン=ラーディン」を縮めた呼称で、本人名+父+祖父+家族名で構成されていますが、

この「ビン〜」自体が、「〜の息子」を意味し、サウジアラビアでは、「誰それの息子=ビン〜」と名乗るのが通例なのだそうです。ラーディン氏から分かれた男性子孫はみなビンラーディンを名乗っていることになります。

大物テロリスト(アルカーイダ No.2)として名前が出る「アイマン・ザワヒリ」も、

本名は別にあり、今では最後に付けた出身地名「=ザワヒリ」だけを強調して呼ぶようになって、犯罪界にデビューしているわけです。

ですから、旧約聖書などの冒頭で、誰の子どもが誰で、誰で、誰で、誰で、..と延々出てくる記述は、父方を継承する部族家系樹のアラブ独特の由緒正しい表現方法なんでしょうね。

筆者は、この名前の列記箇所で気絶してしまい、一度もその先に読み進んだことがありません。

まあ、懸案のイラクの民主化ですが、民族の出自にまで遡るアラブの部族主義を乗り越えていくには、イラク側にも欧米・日本側にも、相当の覚悟と忍耐が必要でしょうね。

部族主義が用を為さないような事態となってからでないと、民主化を受け入れる気持ちにはならないかもしれませんね。100年、200年のスケールで少しずつ染み渡っていくのではないでしょうか。 
 <Rei>

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