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【 イスラムのゆくえ 】

序説

第1部
イスラム国寸描
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」

第2部
文明の概観、経緯、特徴
「イスラム文明拝見」

第3部
文明の盲点

第4部
文明の今後
2004年の年間テーマ【 イスラムのゆくえ 】
複数の視点と切り口から、このイスラムの行方に迫ってみようと思います。

第2部では、イスラムの中心部であるアラビア半島に目を向け、・イスラム文明が起こってきた経緯や、特徴・イスラム文明が担った役割をみてみようと思います。
「そもそも、なぜ&どのように、イスラムが起こってきたのか」から入ってみます。


             序説
ユーラシア異変
「イスラムとの遭遇」  第1部 イスラム国寸描        1〜3月
「イスラム文明拝見」 第2部 文明の概観、経緯、特徴  5〜6月
?            第3部 文明の盲点          8月〜
?            第4部 文明の今後          10月〜

の括りになるよう書く予定ですが、配信月など変わることも..。

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イスラム文明拝見 - 復興の冷や飯
    【2003年6月20日】



先週は、イラクで2005年1月までに実施される「男女共通の1人1票の自由選挙での総選挙」が、文字通り、イスラム教の呪縛からの決別の第一歩となる。

その意味で、民主化=男女共通の自由選挙は、過激派にとっても、米英・日本等の連合国側にとっても、最重要課題なのだという話しでした。


ですから、イラク主権委譲を阻止しようとするイスラム原理主義勢力側は、イラク国内のアメリカ軍に対して激しい反撃を行った2004年の4月、5月でした。

この攻撃を、イラク圏大多数の人々の総意だと拡大解釈するマスコミ報道がかなり流れています。

イスラム圏の知識が少ないのを良いことに、巧妙に嫌米・反米感情にスリかえているようにも、筆者には感じられます。


ですので今回は、この6月末の主権委譲を目前に最後のテロ反撃に出ている、「イスラム原理主義勢力=イラク主権委譲阻止勢力」の中身を眺めてみます。

おつきあいくださいませ。



    スンニ派 vs シーア派 vs クルド人 / 民主化反対の思惑 / 宗教勢力のジレンマ



■スンニ派 vs シーア派 vs クルド人

イラク復興を眺め、一番冷や飯を食うのは誰だろうと現実的に考えると、フセイン政権時代に主流だったスンニ派勢力だとわかります。

イラクの人々は、イスラム教の

・南部一帯を占める大多数派のシーア派 60%   - 南部油田地帯
・中部バグダッドが中心の少数派のスンニ派 20% - 油田はない
・北部山岳地域を占めるクルド人地域 20%    - 北部油田地帯

こうした人口構成となっており、
フセイン時代は少数派のスンニ派が大多数派の南部シーア派住民を統治して、北部クルド人住民を迫害したために、

南部シーア派住民には、新生イラクになったら自分たち多数派が主導権を執るんだという気持ちがあります。やっとフセイン一派のひどいスンニ派(バース党)統治から開放され、南部の油田もあり(=つまり資金にもつながる部族のコネがあり)、自分たちの時代がやってきたというところです。

一方のクルド人たちは、

1民族としての意識を持つのが遅れたために、1国家として国民国家を作るまでには到らず、トルコ、イラク、イラン国境にまたがって居住し、宙ぶらりんで、フセイン時代にはかなり迫害され、分離独立を望む少数民族の悲哀を味わってきたわけです。

ですが、このクルド人が居住するイラク北部地域にキルクークを中心とした良質な一大油田が発見され、非常に有望視されています。フセイン政権も倒れたため、新生イラクでは分離独立よりも連邦制をとってイラク内にとどまる道を選ぶだろうといわれます。

キルクーク大油田からの資金につながる部族のコネも容易でしょうから、今後、イラク国内での発言権は、油田からの経済的な地位の向上とともに高まるばかりです。スンニ派 vs シーア派政治のキャスティングボードを握る場面も多くなるとみられ、

すでに、スンニ派、シーア派から別な意味で警戒する声が出ています。

では、フセイン時代に統治したスンニ派はどうか、です。

今まで、フセイン一派バース党のコネでさまざまな点で良い思いをしてきたスンニ派の人々は、自分たちの時代が去ったことをひしひしと感じています。外国へ去るか、国内にとどまるか、思案のしどころです。これから、政治的にも経済的にも悲哀の時代がくるわけです。

フセイン政権に食い込んでいた人々は職を失い、主権委譲した後の政権や行政機構にも、警察機構での採用を除いてフセイン政権参加者は歩が悪いですね。

自由選挙が実施されれば、自分たちは国内20%の少数派に転落します。

しかも、バグダッドを中心としたイラク中央地域には、油田がありません。今後の経済的な繁栄につながる道もないので、栄華のあとの転落を味わうことになるという具合です。



■民主化反対の思惑

スンニ派の人々にとり、民主化の準備が進むことは、今まで持っていた利権が取り上げられることを意味しますから、不満分子は民主化に強硬に反対し、妨害します。ファルージャなど、激しい戦闘が続きました。表向きの理由は、「イスラムからアメリカ軍は出て行け」だったりしているようですが、没落の悲哀に耐えかねているといったところでしょうか。

また、シーア派の一部には、せっかく我が世の春が来るというのに、民主化などいらないという不満もあり、さらには厳格なイスラム原理主義主導の国づくりを主張する一派もいて、

こうしたスンニ派、シーア派の人々の民主化への不満を、巧妙に反米感情と抱き合わせて取り込んでいるのが、イスラム過激派、イスラム原理主義派です。

さまざまなテロを起こして、民主化を妨害しよう、遅らせようとしてきました。表向きの理由は、「イスラムからアメリカ軍は出て行け」「アメリカ主導の民主化ではなく、イラク人の手で」だったり。

その最大の攻撃が、2004年の4月、5月ですね。かなり、アメリカ軍兵士に死傷者が出ました。これも、つまり、6月末の主権委譲を妨害する意図で計画的にやっていることで、今、残す10日余りで最後の攻撃を仕掛けています。

経済復興の命綱であるパイプラインを爆破して、オイル輸出を滞らせて、食糧輸入をつまずかせて、イラク復興を遅らせようとしていますが、7月に入ったらきっと止むと思われます。主権委譲してしまいますから、以後の攻撃は後の祭りで、ムダになってしまいますから。



■宗教勢力のジレンマ

「イスラム原理主義勢力=イスラム過激派勢力」にとり、「民主化=男女共通の自由選挙」はまったく受け入れられません。コーランに反するものですからね。

選挙が実施されたら、彼らには、その拠って立つ存在理由がなくなるので死活問題です。ですから、テロ攻撃も文字通り、死に物狂いなんでしょう。宗教上の意見が合わずに、攻撃されたと感じたら武力反撃するのは、コーランで許容されていると理解しています。

「イスラム原理主義勢力=イスラム過激派勢力」のテロ攻撃対象がアメリカ兵や外国人に限られていたときは、まだ、国内のスンニ派&シーア派の不満分子の賛同を得ていました。

しかし、後がない「イスラム原理主義勢力=イスラム過激派勢力」が無差別のテロに転じ、イラク住民にも死傷者を出すようになり、現在では、イラク住民の支持を得にくくなっており、やがて、一般住民から浮き上がる道を辿ると思われます。

サドル師をリーダーとするシーア派内の過激グループは、国際テログループではなく、イスラム原理主義を元にした国づくりをしたいと考える、国内の「民主化反対=イスラム原理主義」グループですね。ただし、意見が受け入れられないなら武力行使するイスラムの方法論は、過激派テロと一緒です。イスラム教の教えに沿ってます。

結局、自派の過激信者を暴徒化させているだけなので、国内穏健派住民の支持も、国際的な支持も得られません。

しかも、隣国イラン(シーア派イスラム国)からさらに過激な「反米=イスラム原理主義勢力」の援助と煽動を受けているのは明白です。イラク南部のシーア派地域は、治安が手薄で地続きなことをいいことに、同じシーア派のイランから相当数の反米=イスラム原理主義スパイが入り込んでいるといわれます。


この、サドル師もそうですが、イスラム教各派の宗教指導者には、別な意味で根本的かつ切実な危機感があります。


イスラム教の教えを守りつつ、民主化していく方法論が、

結局のところイスラム教の教えにこだわる限りは武力闘争以外に出てこないからです。イラクの民主化が軌道に乗った場合、イスラム教が形骸化していく、自分たちの役割が小さくならざるを得ない、その生き残りの姿を具体的に描けないのです。


イスラム国で、この「宗教」と「政治」を切り離し、婦人参政権を導入して近代国家への道を選択した国にトルコがあります。

ケマル・アタチュルクが第一次世界大戦敗戦後に、この「宗教」と「政治」を分離して、西洋化するという近代化を成し遂げましたが、イスラム圏各国内でのトルコの評判は芳しくありません。

「西洋文明圏に入りたい国」だとみなされ、イスラム圏の盟主としての地位をトルコは投げ捨てたといわれています。イスラム圏ではやっかみ半分、見下されています。


こうした状況の中で、イラクのイスラム宗教指導者たちは、国内過激グループを抑える影響力を事後に行使するのみで、なし崩しに民主化スケジュールが進むのを眺める以外にない状態です。

その中で、サドル師は武闘戦術を止めて、政党を立ち上げる準備に入ったと報じられ、今後の政党政治で政治力を行使しようと方向転換したようです。

「宗教」「政治」「軍事」が渾然一体となったイスラム世界で、「宗教」と「政治」を切り離す動きが、ようやくイスラム宗教指導者側から出てきています。注目したい動きです。

来週は、緊急課題になっているイラクの治安をまとめます、お楽しみに
 <Rei>

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