
【 イスラムのゆくえ 】
序説
第1部
イスラム国寸描
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」
第2部
文明の概観、経緯、特徴
「イスラム文明拝見」
第3部
文明の盲点
第4部
文明の今後 |
|
2004年の年間テーマ【 イスラムのゆくえ 】
複数の視点と切り口から、このイスラムの行方に迫ってみようと思います。
1年を通して読んでいただくと、年間テーマが浮かび上がるように
してみたいと思います。
序説
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」 第1部 イスラム国寸描 1〜3月
「イスラム文明拝見」 第2部 文明の概観、経緯、特徴 5〜6月
? 第3部 文明の盲点 8月〜
? 第4部 文明の今後 10月〜
の括りになるよう書く予定ですが、配信月など変わることも..。
-------------------------------------
■イスラムとの遭遇(5) 【2004/03/7】
2度裁かれる? / 非イスラムの原則 バックナンバー
今回は、漫遊生活も軌道に乗った頃、友人たちと交流なかで出てきた
カルチャーショックについてです。
■2度裁かれる?
イスラム世界の前知識なしに、いきなりインドネシアに出かけた筆者には、当時チンプンカンプンなものがありました。
友人たちとの話の中に、「その問題は○○○に委ねる問題だ」などというのがけっこう出てきます。
どうも、つたない会話から理解すると、
「あること」をやった人物がいて、裁かれるときに、法律で裁くだけではなく、さらにイスラム法に照らして宗教者がもう1度裁く、という風に聞こえたのです。
つまり、2回裁く、と。
筆者は目をむき、とんでもない世界だな、と感じたわけです。
ただでさえ、イスラム法というとハムラビ法典で知られるように、「目には目を」に代表される応報刑が有名です。
----- つい3〜4年前も、留学先(イギリス)で異教徒と駆け落ちした中東の王女が、広場で公開処刑(斬首)になっています
-----
その当時は、シンガポールで日本人旅行者が麻薬系に手を出して逮捕収監され、50回のムチ打ち刑が施行されていました。だいたい15〜6回程度で失神するから、あとは本人は覚えてないので、減刑と同じだ、などと友人たちが説明するのを聞いて、
友人ができて居候生活も順調に行っていたので、何か、「理解しえない違和感」のようなものを強く感じました。
そういった2重規範のような法律の運用で国を統治するって、?!?!?!
しかも、その口ぶりからして、イスラム法での裁きの方が、より上位にあるということなのです。
当時、これは、何回聞いても理解できませんでした。
これは、明らかなカルチャーショックでした。が、その根っこは実に深い本質的なところから出ていることに気づいていったのは、ずっと後年になってからでした。
このイスラム法については、一筋縄ではいかないので、後でまた触れていきます。
■非イスラムの原則
非イスラムの女性記者が、スカーフを被ってバグダッド取材などの仕事にあたる映像が流れいます。
日本人の場合、「郷に入っては郷に従え」の諺もあるように、簡単に相手に合わせます。相手への心遣いをする日本人独特のサービス精神かもしれません。
確かに、いまのイラクは、テロ集団の標的になる目印はないにこしたことはありませんから。安全策として一理あると思いますが。
ただし、異文化間の宗教信条に係わる事柄となると、これは諸刃の剣になると思われます。
あの「スカーフ」や「全身ベール」の背景には、
「女性の肉体は不浄であり、目に触れさせないものとして隠す」イスラム教の教えがあります。
ですから、たかがスカーフですが、それを被るのは、この教え=世界観を受け入れることを表わします。
筆者は、この世界観を受け入れませんし、女性の肉体が不浄だとも考えませんし、この世界観を説くアッラーを唯一絶対の神であると思いませんので、
イスラム教国を訪問しているけれども、スカーフもベールも被りませんでした。
滞在中、この原則で行きました。イスラム色の強い田舎では特に石も飛んできましたが、非イスラムであることをはっきりと明示しました。モスクも行きませんし(モスクは、建築物として見たかったのですが..)、祈りもしません、断食もしません。イスラムの宗教に関する事柄とは一線を画しました。
物事をイスラム社会ではどういう風に理解しているか、イスラムで言うとどうなるか、などの説明は楽しく聞きましたが。
これで、疎まれ、石を投げるのであれば、それまでよ、と考えて、常々泊まらせていただくお宅にお話していました。
ですので、イスラム教徒が1日5回祈るとはいえ、家で祈る姿を見せてくれとも、頼みませんでした。神に祈るわけですので、人が祈る姿を物見遊山で他人が覗き見してもしようがありません。
こうした態度は、周囲の非イスラムの人々と同じ態度です。ヒンドゥー教徒、仏教徒、キリスト教徒、バリ・ヒンドゥー教徒、シーク教徒などなどの人々がいましたが、それぞれの宗教信条に従った日常生活を送っていました。
なので、特に中東で、非イスラムの日本人女性記者がスカーフを被った報道映像が世界に流れると、妙にイスラム社会のプロパガンダを感じてしまう筆者です。
特に、日本人はこの辺の事情にピンときませんね。
非イスラムの出入りを禁じる中東国の建設現場に出張にいくといって、日本の工事関係者が国内でイスラム教に帰依して仕事に行き、帰国してからイスラム教を抜ける、なんてことをやってますから。
それに、イスラム教のモスクを撮影するのに、にわかイスラム教徒になって、撮影・出版後はイスラムを抜ける手合いも相変わらずとか。
きっと、
多神教社会の日本人には、アッラーも、アッラーという1人の神様で、いろいろいる神々の中の1人ぐらいの感覚で、都合にあわせて、拝む対象を替えられるように感じられるのかもしれませんが。
しかし、イスラム社会に共存する非イスラムの人々は、自分たちの宗教信条、世界観を明確に持ち、変に馴れ合うことはありません。生きる原則ですから。
やはり、一神教社会は、その神の教えという世界観を受け入れるか、受け入れないか、自分の拠って立つ世界観を明示して、差がはっきり出る社会だからだと思われます。
そういった社会で、日本人らしい妙な気配り行動は、誤解を与え、下品にみえ、心底から信頼されません。
この辺にも、日本人がビジネスだけで、拠って立つ世界観も持たないエコノミック・アニマルにみえる素地があるんですね。
その辺り、筆者は、宗教信条に関することを聞かれるたびに、何十回と自分の考えを繰り返しました。中でも、ヒンドゥー教徒は論理的に納得してくださることが多くてラクでした。
筆者は、やはり、牛も、豚も、特定の動物が不浄だとは考えませんから。地域差はありますが、世界中で動物も、植物も、人間の食糧になるという役割を果たしてくれています。
こうして、当時のインドネシアでは、珍しく正直に話す日本人だったらしく、面白がられて泊まるお宅に事欠かなくなり、あちこちのお宅に乞われるままに1泊、1泊と泊まりに出かけ、そのスケジュール調整にあたふたするようになっていきました。
すると、人間贅沢なもので、もっとじっくり話したいという気持ちが強くなっていくようになりました。
来週は、表面のイスラムの底に見えてきたものについてです、お楽しみに
(Rei)
|