
【 イスラムのゆくえ 】
序説
第1部
イスラム国寸描
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」
第2部
文明の概観、経緯、特徴
「イスラム文明拝見」
第3部
文明の盲点
第4部
文明の今後 |
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2004年の年間テーマ【 イスラムのゆくえ 】
複数の視点と切り口から、このイスラムの行方に迫ってみようと思います。
1年を通して読んでいただくと、年間テーマが浮かび上がるように
してみたいと思います。
序説
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」 第1部 イスラム国寸描 1〜3月
「イスラム文明拝見」 第2部 文明の概観、経緯、特徴 5〜6月
? 第3部 文明の盲点 8月〜
? 第4部 文明の今後 10月〜
の括りになるよう書く予定ですが、配信月など変わることも..。
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■イスラムとの遭遇(4) 【2004/02/29】
良い人vs悪い人 / 断食 / 一夫多妻 バックナンバー
インドネシア旅行も4回目、周囲を見るのにも少しずつ慣れてきて..
■良い人vs悪い人
最初に滞在したイスラムの一般家庭は、他の島から首都に出てきた家族なので、庶民地区に住んでいましたが、
父親はオランダ語を話し、息子はジャーナリストになったという、いわゆるつつましくも堅実なインテリ層の方々でした。
家では、母親が近所の子どもたちを集めてアラビア語を教える寺子屋のようなものを開いていました。
ごく小さな子どもを前に、黒板を使い、コーランを読めるようにするためのアラビア語を教えていましたが、かなり小さなときから教えるものだと驚きました。
その家に来る子どもたちの目は、本当に純朴で、好奇心一杯で、スレタところもマセタところもないんです。
そうした近所の子どもたちに、単語を教わって会話力をつける日々でした。この準備がないと、各地を回るのに心もとなかったのです。
ある日、
子どもたちに囲まれて、あれはなんと言うの? とやっていると、どこからか小石が飛んできました。
非イスラムの筆者の行動を目障りに思う人もいるだろう、と、ほとんど気にしませんでした。
家に戻ると、子どもたちもついてきて、母親=アラビア語の先生と何事かわいわいと言い合っています。
最初はよく分からなかったのですが、どうも、先ほどの「小石」はそれほど軽いことではないような気配です。
筆者が「良い人間」か「悪い人間」か、というもので、母親は異教徒だけれども「良い人間」だから石をぶつけてはいけない、と庇ってくれているようでした。
当人としては、本当にありがたい限りでしたが
「良い人間」か「悪い人間」かに分ける基準が気になります。聞いてみると、
その当時インドネシアに進出していた日本企業は「悪者」でした。
ただし、特定の個人の誰それは「良い人間」。別の誰それは「悪い人間」。
「良い人間」か「悪い人間」か、それが「良い事」か「悪い事」かという善・悪で見る見方は、それ以後インドネシア滞在中によく出てきました。
当時はインドネシア独特の2分法かと思っていましたが、これも、その根底にあるのはイスラム教の価値判断方法だと分かってきました。
今回、イスラム関係資料を読んでますが、やはり、「良いムスリム」「悪いムスリム」などと対句で使われていて、この善悪2元で物事を見るのは、イスラムに由来しているようですね。
その後、各地を回りますが、背後から小石が飛んでくるのは、イスラム色の濃い地域になるほど多かったですね。
でも、いつも外れるので、わざと外しているのか、目が光っているのを警告するだけか、だったのかもしれません。
これについては、後でまた取り上げます。
■断食
筆者の都合でインドネシア入りしたので、その年の断食月が迫っているのは知りませんでした。
イスラム教徒が断食に入るのはよしとして、泊まっている異教徒の筆者はそのとき、どう接したらいいのか、食事はどこでどう摂ればいいのか、異教徒のレストランで外食した方がいいのか、断食月に異教徒を客として自宅に泊めてくれるものなのか、分かりません。
断食開始が迫るにつれ、気をもんでいました。
たまたま、
断食開始のときに泊まっていた家は、家族にイスラム教徒と仏教徒かヒンドゥー教徒がいるお宅でした。
それで、お客の筆者も、非イスラムの仏教徒ということで、何事もなく過ぎてしまい拍子抜けしたほどです。
イスラム教徒は断食に入り、そうでない者は今まで通りの生活を続ける。そのことを、大変な特別なことのようには捕らえていなかったように思います。毎年のことなんで、そうなんでしょうね。
イスラム教徒は夜明けから日没まで断食しますが、日没後、そして夜中にまとめて食べていました。
この、夜中のドカ喰いの良し悪しは別にして、
1年に1ヶ月のこの行事が、イスラム教徒としての自覚と連帯を生んでいる節目には違いありません。
熱帯なので、もともと、夜涼しくなってから街に繰り出すことが多く、付き合いもけっこう夜半になるのですが
断食月は、夜中まで起きていて、そして食べ、少し休んで、朝の祈りにモスクに行き、よく身体が続くなあという感じです。
日中は、休むか、仕事を減らすか。屋外の仕事は夜間にずらすか、などの工夫をしていたようです。
こうして、断食月に訪れたあるイスラムのお宅では、
断食月には家庭内で煮炊きはしないのが決まりなのだそうで、日中に外に持ち出したコンロで煮炊きをして異教徒の珍客のためにお菓子を作ってくださって、当たり前のようにもてなしを受けて恐縮しました。
というのも、彼らは断食中ですから。
しかも、そのお宅の奥さんはお料理の先生をしている方で、断食月の日中に来たのを残念がっていました。きっと、室内のキッチンは料理しやすい機器類も揃っていたのでしょう。
ご馳走になったのは、「青いバナナ(=ピサン・ヒジョウ)」という一皿で、小指大の早取りのバナナを使うもので、贅沢です。ココナツミルクのソースを絡めて食べますが、
その上品なこと! 今でも、食べてみたい1品です。
そうしてやってきた断食開けは、ほんとにお祭り騒ぎで、街じゅう高揚した雰囲気でした。
■一夫多妻
イスラム社会に慣れてきて、少しずつ会話も通じるようになった頃、2人以上の母親のいる家庭はどんなところにあるのか、聞いてみました。
というのも、4人まで妻を持ってもいいけれども、すべて平等に扱わなければならないのが条件で、それができなければ1人にしなさい、とコーランにあるのだそうです。
唯一絶対のアッラーの言葉ですから、イスラム教徒はそれを正面から受け止めるわけです。後半部分の「すべて平等にできないときは1人にしなさい」の部分でくぎを刺してあるわけです。
たいてい人間は、嫉妬心に煽られてしまう、残念ですが。
で、
いろんなお宅に行きましたが、なかなか複数の妻を持つ家には当りません。
彼らは口々に、誰それの家は2人いる、などと言いますが、そんなに頻繁ではないようです。
そして、平等に愛するのが、どれほど大変かを、茶目っ気たっぷりに披露しては、笑い転げています。
週3日、日月火と第1夫人の家に行ったら、水木土は第2夫人で、安息日の金曜日は毎週交代か..
そこでは、嫉妬に燃えた第1夫人が夫に振り向いてもらおうと魔術をかけてもらいに白魔術師のところへ行く話などが、何の違和感もなく話題となっていて、魔術師という存在が身近にある社会でした。
つまりは、
複数妻を持つ人は、かなりの富裕層か、逆にまったくの貧乏か。中間のそこそこの人々は、なかなか平等にするのが難しいので、1人以上妻を持とうとは現実に考えられない、という感じでした。
富裕層は、たっぷりの物量で平等感を、貧乏な人は、与える物量がないので、それでえこひいきなしにやれる、といったところでしょうか。
現代の経済社会に組み込まれるほど、ごく一部を除いて、1人以上妻を持とうとは現実に考えられない市民層が大多数になっていくのではないでしょうか。
後で、筆者が知り合った人で、第2夫人の長男という人がいました。バリ島に第1夫人と子ども、第2夫人と子ども共々家族づれでバカンスに3週間滞在する程度のお金持ちで、ジャカルタでは郊外の金持ち地区に家がありました。東京で言えば田園調布、関西で言えば芦屋のような地区でしょうか。
そうしてみると、日本や欧米で愛人やお妾さんをもつ人と、そんなに極端に割合では違わないのかもしれませんね。統計があれば見てみたいものです。
この一夫多妻も、後でまた別の切り口で取り上げます。
来週は、イスラム法とのカルチャーショックについてです、お楽しみに (Rei)
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