
【 イスラムのゆくえ 】
序説
第1部
イスラム国寸描
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」
第2部
文明の概観、経緯、特徴
「イスラム文明拝見」
第3部
文明の盲点
第4部
文明の今後 |
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2004年の年間テーマ【 イスラムのゆくえ 】
複数の視点と切り口から、このイスラムの行方に迫ってみようと思います。
1年を通して読んでいただくと、年間テーマが浮かび上がるように
してみたいと思います。
序説
「ユーラシア異変」
「イスラムとの遭遇」 第1部 イスラム国寸描 1〜3月
「イスラム文明拝見」 第2部 文明の概観、経緯、特徴 5〜6月
? 第3部 文明の盲点 8月〜
? 第4部 文明の今後 10月〜
の括りになるよう書く予定ですが、配信月など変わることも..。
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■イスラムとの遭遇(2) 【2004/02/15】
タクシーまかせ / あなたの宗教は? / 大音響
先週から始まった、筆者のイスラム国体験。
待ち人にすっぽかされた到着、から一夜明けた翌日は..
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■タクシーまかせ
インドネシア到着翌日、
タクシーに乗った筆者は出迎えてくれるはずだった人物の両親の住所を書いたメモを運転手に渡して、探してもらうことにしました。
本人はジャーナリストなので、仕事で迎えにこれなかったのかもしれません。
運転手さんに頼んでしまうと、さっそく車窓から街の様子の見物です。片側3車線、4車線の大通りも走っている、信号もある、道の真中では交通整理の警官がいる1国の首都。大丈夫、一安心です。
道端には、三輪車と車夫と物売りの屋台と天秤棒をかつぐ物売りと、車と、歩く人とが入り混じって目が離せない面白さです。
街路樹は、いかにも熱帯の大木らしく幹が太く、伸び伸びと枝を広げて、木陰もたっぷりとしています。
タクシーは延々と走りつづけて、
そのうち、町並みはどんどん込み入り、庶民の暮らす地区へと入り、くねくねと進み、もうタクシーの車幅ぎりぎりの道をのろのろと人を掻き分けつつ、運転席から身を乗り出しては道行く人に相談しながら、渡したメモを見ては右だ、左だ、向こうだ、とやりあっています。
そうして、ようやくタクシー代がいくらになるか心細くなる頃、
目指す家に到着しました。そこは、中心地からかなり離れた、港と河口近くの海抜0メートル地帯で、地方や他の島からジャカルタにやってきた人々が住み着いてしまったような地域でした。
舗装や上下水道や歩道、番地表示などといった、都市基盤整備はそこまできてませんから、
午後のスコールがくれば道はぬかるみ、足型のでこぼこのままに、しばらくすれば土が固まるところです。
その一角の家にたどり着いて厄介になることになった筆者ですが、
両親は、息子の名前と両親の住所メモを差し出すこの珍客を無条件で引き受けてくれました。
もちろん、近所の人たちも興味深々で、子どもたちが辺りを跳ね飛んでいます。
父親は元の宗主国のオランダ語で話し掛けてくれますが、筆者の専攻がドイツ語なので、この親戚言語のオランダ語はわかりません。
英語で話し掛けますが、父親は首を捻っています。
そこで、インドネシア語の辞書を取り出し、片言の単語でなんとか話しが通じると、笑い声があがり、息子の珍客として受け入れてくださったんです。
その家の息子と顔を合わせたのは、4〜5日経ってから。ふらっとやって来て、両親家族と和やかに食事をして、帰って行きました。
これで、出迎えすっぽかしの件は、不問。きっと、その程度のことだったんでしょう。
■あなたの宗教は?
息子の珍客として突然受け入れていただいたので、
最初は、日本でどんなところに住んでいるのか、両親は何をしているのか、大学の専攻は何か、インドネシアで何をするのか、などなど、身上調査のような質問に答えていましたが、
一番神経質になったのが、宗教を聞かれたときにどう答えて身を処すか、でした。出発前に大急ぎで聞いたことは、食事、握手は右手、トイレは左手など断片的なものでした。
書類上では、宗教欄は仏教徒と書いて事足りますが、海外に行く平均的な日本人同様「とりあえず仏教徒」で、宗教的な日々の信条は持っていませんでした。
ホテルではなく、民家に寝泊りするので、
どの程度、一般家庭で異教徒や宗教信条のない者を突然引き受けてくれるものなのか、その線引きが分かりません。
「で、両親の宗教は?」
と聞かれた筆者は、両親も、自分も仏教徒だと答えました。
それを、彼ら両親は無言でうなずいて受け入れてくれ、ほっとした半面、彼らは筆者を小乗仏教徒として理解したということを、その後気づかされていきました。
当然ですが、彼ら両親が見かけるのは東南アジアの小乗仏教徒です。その他に、キリスト教徒、ヒンドゥー教徒、などなど。どちらにしても、人々は毎日自分の信仰する何らかの神と向き合う日々を送っている、それが当たり前の世界です。
そうした人々から見ると、筆者の日常生活がどうにも胡散臭くみえたことと思います。
■大音響
こうして、インドネシア2日目も暮れ、快く泊めてくださる家も見つかり、安心して眠りにつきました...。
... 突然、
ものすごい大音響で意識が半分戻ってきました。
全身を刺すようなザーザー、ガガガガガガというスピーカーの雑音だと気づきました。
あまりの騒音に、身体を海老のように丸めて、耳栓をして、耐えていましたが、眠気が勝っています。
祈りに集るよう地域に告げるスピーカーが古くなったのでしょう。音が激しく割れ、ものすごい雑音のなかにコーランの節回しが聞き取れます。
そうなんです。
この両親の家は、地域の小さなモスクのすぐ近くにあり、電柱のてっぺんにコードでぐるぐる巻きに設置されたスピーカーから祈りのための参加を促す声が流されているんですが、かなりもの凄い雑音なんです。
特に夜明け前で暗く、まだ寝ている筆者には、真上から身体に雑音が突き刺さってくるものでした。筆者はイスラム教徒ではないので、そのまま続行して寝つづけようと悪戦苦闘します。
これかぁ〜..イスラム国で異教徒でいるのは、大変だぁ〜..眠い〜..
地域ごとにモスクがあり、その一帯に祈りの参加を呼びかけますから、きっとモスク直近の家々では、ほとんどこの大音響が当たり前か..
この大音響で慌てて起き出すのではなく、家族はその前に身支度してモスクに行ったのでしょう、家はシーンとしていました。辺りはまだ真っ暗です。
不思議なもので、
夕刻の祈りを告げるこの同じスピーカーには、これほどまでの騒音を感じません。
太陽光線がふっと和らいだ熱帯の夕刻の空を見上げて、玄関脇のイスに座ってコーランが朗々と響くひとときを過ごすのは、いかにも熱帯のイスラム国に来たー、と実感する情緒がありました。
今日1日もまた、太陽との戦いが済み、夕刻のジャワコーヒーをすする至福の時間。そこに、コーランが聞こえてくるのです。
イスラム圏を旅行すると、たいてい、宗教心があろうとなかろうと、この夕刻時のスピーカーから流れるコーランの美しさに心を動かされる人が多いのもうなずけます。
このコーランですが、元々、「声に出して朗誦するもの」と位置付けられています。
そして、一種独特な節回しが決まっていて、どのイスラム国でもそのとおりに発音して抑揚を付ける。祈りへの参加を呼びかけるこの言葉も節回しも、もちろん、お師匠さんについて学ぶのだそうです。
日本の感覚で例えれば、詩吟とか、浪曲とか..に近いのかもしれません。
来週は、イスラム家庭の断面をご紹介します。 (Rei)
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