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一人は皆と、皆は一人と、共に影響しあって、世界は動いていきます。
もう無関心ではいられない、世界の動きを検証します。
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■先見の明【2003年1月14日】
日本の開国 / 大国の周辺 / 歴史はめぐる
新年そうそう新聞・テレビをにぎわしている朝鮮半島の去就問題ですが、さて、いま、100年後を見越して策を打つとしたら...?そこで、日本が100年ほど前にどう考えどう行動したかを、眺めてみることにしました。何がみえるでしょうか。
■日本の開国
日本が開国した1850年代当時、ヨーロッパとアメリカ以外の世界は、アジアもアフリカもほぼ殖民地となろうとする状況でした。日本の開国も、アメリカからペリーがきて大砲で脅されてしているわけです。その後に結んだ各国列強との修好通商条約は治外法権を認めさせられたり、関税自主権がない不平等条約でした。
そして、極東の端に位置する日本から世界を眺めてみて、明治の政治家たちは愕然とするわけです。地政学的にみた、日本に攻め込むルートとしての朝鮮半島の役割についてです。ロシアが南下を狙っていたからです。
ですから、開国と同時に、何とか産業を興して国を豊かにして文明国にふさわしい国とすること、万全の軍備をすることは喫緊の課題でした。各国列強との不平等条約を撤廃させることは、明治時代を生きた国民全員の悲願になっていたといいます。
明治維新当時の日本の人口は3,000万人ほど。現在の北朝鮮の2千数百万人よりちょっと多い程度です。日本が植民地にならないためにも、国民の数が少なくては話にならないわけです。人数が少ないからと簡単に占領されたらそれまでですので、ですから女性たちも、産めよ増やせよという国策に従いよく子供を産んでいます。10人兄弟などは普通だったようです。また、軍隊を大きくしたり、軍艦や砲弾を買うには大金が要りますから、国民の税金はかなり高かったといいます。そんななかで、よく明治時代の方々はがんばってこられたわけです。
そして、朝鮮半島の安定化を実現することが、日本の外交政策上のキーであるという見方で、以後100年余の日本の国策は一貫して動いてきたように思います。
この明治の国政を担当した方々の見方を、2003年現在からみてみると、やはり的を得ているのではないかと思われるのです。少なくとも、朝鮮半島が以後厄介な存在になるという予感は当たっていたということになると思います。
朝鮮半島はその後、50年後には南北に分かれ、その50年後、つまり2003年現在には核を保有して世界に脅威を与える存在になっているからです。
■大国の周辺
朝鮮半島が日本攻略の南下ルートとされたのは、地政学的にみて当然のことですが、他にも大きな理由がありました。
それは、朝鮮半島地域に住む人々に政治的な定見がなかったというか、国民国家として未成立な地域だったことでした。この地域には朝鮮族、北方には満州族、さらに北方にはモンゴル族、また中国人も含めて、混在しながら国境にあまりこだわらずに移動していたわけです。そのため、虎視眈々と植民地支配をねらう列強から干渉を受けることとなっていました。
これは、ある意味で、大きな国の周辺地域によくある問題なのかもしれません。朝鮮半島は、歴史的・地政学的に今でいう中国の影響を受け、属国のような国になっています。中華思想にならって小中華思想を持ち、周辺国(=日本や満州、ロシア)を見下す癖もあるわけです。まあ、簡単にいうと、プライドは高いのだけれども、実力不足、国家運営に責任ある言動は取れない段階なわけです。
ですから、もし、朝鮮半島にある国家が大人の一人前の国家だった場合は、日本は二国間同盟を結ぶこともできたでしょうし、対ロシアへの対処方法は他にあったと思われます。
李氏朝鮮の人口1300万人のうち、軍人はわずか2000人、軍事的には宗主国の清朝に依存していましたが、宗主国の清朝がすでに列強に蹂躙されているわけです。そんな中で、清朝中国とロシアと日本に挟まれた李氏朝鮮は、風見鶏のようにゆれにゆれ、結局独立国家を維持できないと判断して、日本への併合を選択しているわけです。
■歴史はめぐる
民族としての意識が明確にある人々が、実力がないために自分の国を失い、他国に併合されることは、感情的にみればとても悲しく辛く、悔しく残念なことです。日韓併合は今でも彼らに不評サクサクなのですが、彼らのプライドは傷ついたわけです。しかし、冷静に考えてみて、国の運命として日本との併合を選んだ為政者の判断は、先見の明があったのだと思われます。名より実を取ったことになったことを、もっと積極的に評価してもよいように思われます。
というのは、プライドにしがみつき、李氏朝鮮が独立国家にこだわっていたなら、朝鮮半島はソ連の植民地になっていたのは確実だといわれているからです。そうなると、朝鮮半島を通過して、第二次世界大戦では日本本土が直接の戦場になっていたといわれています。そして、共産圏となった朝鮮半島に国家を独立させ、繁栄させるのは大変な苦難があったろうと思われるからです。
その脅威をよくよく味わったのが、1950年より勃発した朝鮮戦争を戦ったアメリカなのです。ソ連の南下を朝鮮半島で食い止めようとしていた日本を負かしたために、日本の代わりにソ連に後押しされた共産勢力と戦う羽目になったのはアメリカでした。そして、朝鮮半島の北半分まで共産化してしまい、北緯38度線をやっと休戦ラインとしたわけです。
このときに、アメリカはようやく、日本がなぜ韓国を併合までして、さらにその北の満州地域にまで進出したのか、その真意は植民地化ではなく防衛が主な目的だったと知ったのだといわれています。
このアメリカが、朝鮮半島の安定に責任を持つ当事国として現在韓国を信頼しているかどうかですが、以上の経緯や最近の韓国国内の反応をみる限り、まだできないだろうと思われます。そういった意味でも、韓国も100年以上の経緯をへて再び正念場を迎えているように思われるのですが。
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