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■おとなしい日本人 【2002年11月18日】
暴走する第4権力 / 自由の御旗 / 勉強不足のマスコミ
■暴走する第4権力
北朝鮮から単身帰国して故郷の佐渡に滞在する曽我ひとみさんに対して、「北朝鮮の家族の情報が不足し、日本人が求めているから」という理由で、北朝鮮当局のインタビューした家族の記事と写真を公表した某雑誌があり、顰蹙(ひんしゅく)を買っています。
この、雑誌を名乗るグループの行為について、日本のマスコミ・メディアは黙殺するかだんまりを決め込んでいるようです。マスコミ自体の自浄作用は働くのでしょうか。対応する気概はあるのでしょうか。このように、物議を醸すことの多いマスコミ・メディアですが、民主主義社会では、第1、第2、第3権力(立法、行政、司法)に継ぐ第4の権力として登場してきたものです。
ところが現在では、その影響力の大きさから、良くも悪くも第4権力から第1権力に繰り上がったとも揶揄(やゆ)されるように、その問題点はかなり深く、根源的なところにあるといわれています。ちょっとその入り口を観てみたいと思います。
マスコミの大きな問題点は
★民主主義の制度には、マスコミ権力のチェック機能がない
ということだといわれます。
つまり、近代国家を運営するシステムとして民主主義が成長する段階で、第1、第2、第3権力(立法、行政、司法)については、1つの権力が暴走しないようにお互いをチェックする仕組みにしたのですが、この「情報」を広く国民に知らせて議論を喚起するマスコミがこれほどのパワーを持つようになるとは、当初想定していなかったということだと思います。そのために、
★主義主張を問わず、誰でも情報の送り手になれる
わけです。国会議員などのように、国民の選挙による信託を受けてつく職業ではありません。裁判官や医者のように、国家試験の資格を得るものでもありません。基本的に、情報を発信したいと思う人が、新聞社やテレビ局、出版会社の試験に合格すればマスコミ人となれるわけです。すると、マスコミ各社の企業利益と主義主張に合うものでなければならない、という大枠が決まります。スキルは問うけれども、資質と主義主張はほぼ問われないという、玉石混交ですね。そうなると、マスコミ・メディアの質は、
★その国の倫理観に連動する
ということになります。マスコミがどこまで言いたい放題、やりたい放題できるかは、その国全体の倫理観、国家観の歯止めがかかるまでということになります。ところが、ここにもう一つ、大きな問題があります。それは、情報の受け手である日本人が良くも悪くも非常に「おとなしい」ということだと思います。
■自由の御旗
マスコミ・メディアの唯一の拠り所は、「言論の自由、表現の自由」です。ヘア・ヌードも、写真週刊誌も、また迷惑を考えない取材攻勢も、執拗な個人攻撃も、この「自由」を御旗に行われているものですが、日本人の反応は本当におとなしいと思います。たいていが泣き寝入りです。そのためもあって、まだマスコミ・メディアの暴走を止められないでいるように思います。
もっと言えば、マスコミ・メディアの迷惑に対して、はっきりとした反論の根拠を世論として示せなくなっているのだと思います。これは、他にも、『援助交際のどこが悪いのよ、誰にも迷惑かけてないし』『なんで人を殺しちゃいけないんだよ』という子どもに対しても同じことだと思われます。つまり、私たちの倫理観が揺らぎ、残念ながら、何が、しても良いもので、何を、しては悪いことか。善・悪の判断が明確につかない人々がかなりの%を占める社会になっているということだと思います。
また、倫理観や使命感の低いマスコミ・メディアは、第1、第2、第3権力につく人々のアラを探して書き、引き摺りおろすことをマスコミ・メディアの仕事だと短略的に考えているのではないか、と思わせる記事が多いわけです。それで部数が伸び、視聴率が上がるということは、それに乗っかって溜飲(りゅういん)を下げる世人がまた相当数いるというわけです。これは、人々の心の、権力者や富裕層を嫉妬して、何とか彼らのアラを探して引き摺り下ろしたい気持ちに呼応しているわけです。
しかし、冷静に考えれば、人間社会なので間違うこともあれば、良いこともするもので、善し悪しの両方を公平に人々に知らせてこそ、民主主義下でのマスコミ・メディアの機能が果たせるものだと思われます。が、ニュースに取り上げられるものは、ほとんどが事件や凶悪犯罪や汚職などです。人によっては、朝、新聞を読むと暗いニュースばっかりで不愉快になるから読まない人もいるようですが、私たちの社会のマスコミ・メディアがその程度に動いているものなのだと、認識しておきたいと思います。
■勉強不足のマスコミ
IT化が進み、世界中の膨大な情報が瞬時に行き交う現代です。そのため、「情報」を扱うマスコミ・メディアの重要性は、増す一方です。そのニュースだけでは、背景や経過、展望の分からないものがかなり増えています。
番組制作者、ニュース・キャスターなど、マスコミ・メディアに関わる人々に要求される仕事の質と量は、半端ではないのですが、残念ながら人間には1日24時間しかありません。
一つの番組や記事を作るのに必要な資料や情報を仕入れて、それを咀嚼して、背景を理解し、国際情勢との関連を調べ、国内の動向を調べ、さらに的確な視点に立つ番組や記事に練り上げるには、現在の制作現場の体制では、時間的にも能力的にもかなり難しくなっているといわれます。
洞察に満ちた番組やニュースや解説などは、ごく限られた個人の資質が頼りなのです。
残りはどうなるかというと、裁判官が浮気の現場を写真に撮られて、新聞、テレビ、雑誌に出てクビになったりするわけです。それで、社会の不正義を暴いたといって、マスコミ・メディアは仕事をしたつもりになっています。政治家でこの手のマスコミ・メディア攻勢を受けていない人はいないも同然ではないでしょうか。しかし、ほとんどが、本業の政治の業績で批判を受けるものでもなく、裁判の本業での評価を記者が書いて、世人に是非を問うようなものでもないわけです。
ですが、短略的に他人のアラを探すような取材や報道に走っていく奥には、はっきりいって、マスコミ・メディアに関わる人々の各分野の勉強不足、能力不足、そして手っ取り早く部数を増やし視聴率を上げて評価を受けたい、儲けたいという気持ちが隠れているように思われます。
マスコミ・メディア本来の仕事をしていないものが多いと思われます。そして、国会議員のように、人々からの信託を受けて仕事をする人を、信託を誰からも受けていない1マスコミ人の報道で世論を操作して、本業以外の事象を取り上げて、簡単にクビにできてしまうという、民主主義のシステムでは想定もしていなかったことが出てきているのです。
一例に、クリントン前アメリカ大統領の浮気のスッパヌキ問題がありました。日本でなら、即クビでしょう。しかし、アメリカの世論はそうしませんでした。一個人の倫理としては不名誉で尊敬はできないけれども、大統領職を務める能力としては問題がないとして、罷免しませんでした。大統領は、大統領の職務内容で評価されるべきである、その点を選挙によって選んだのだというのが世論のコンセンサスとしてあり、この辺に、アメリカの民主主義の底力を感じさせられる面があります。
ともすれば暴走しがちなマスコミ・メディアに歯止めをかけ、第4権力として機能させコントロールしていくのは、人々の良識に基づく健全な世論です。どのような質のマスコミ・メディアを持てるかは、私たちがどのような倫理観を持ちどのような社会を善しとして作っていこうとするかということと、表裏一体をなしていることが分かります。
民主主義というのは、こうして見ると、一人一人の意識の集合想念によって伸び縮みする生き物のようにも思えてきました...。 ご感想はメールでどうぞ。 (Rei)
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