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■当事者能力
【2003年1月20日】
戦争の傷 / アメリカを恨む日本人はいるか? / 強く立ち上がる

■戦争の傷

ある事実をどう理解するかで、国も個人も以後の筋道が変わってしまうという一例を出してみたいと思います。

日本が第二次世界大戦で無条件降伏する直前、1945年の3月にはB29による東京大空襲が始まり、8月には、アメリカは広島と長崎に最新型の原子爆弾を投下しました。これは、それまでの爆弾の概念を遥かに超えたものでした。

まず、空爆も原子爆弾も、非戦闘員の一般市民を無差別に対象としていた点で、訓練装備された職業軍人どうしによる「戦闘」ではありませんでした。一晩の無差別空爆で、焼失戸数は276,791戸、推定約10万人を焼死させ、40万人が負傷、罹災者は100万人を超えたといいます。広島・長崎の2発の原子爆弾では30万人以上の死者を出し、放射能を浴びつつも32万人ほどが生き延びて被爆者手帳を持つという大惨事となりました。

戦争だから何をしてもいいというわけではなく、決まりがあります。戦争は訓練装備された職業軍人、戦闘員どうしが戦うものであって、非戦闘員の一般市民を巻き込まないということです。捕虜にした場合の兵士の扱い方なども国際的な軍事のルールがあるわけです。

特に原子爆弾は、破壊力の規模が大きいことと、その破壊力が人間の遺伝子をも傷つけるなど世代を超えて広がるという点で、従来の「戦争」のルールをはるかに超えていました。無差別の都市爆撃といい、ここには明らかに、日本民族を殲滅(せんめつ)する意図があったといえるかもしれません。

ユダヤ人のジェノサイド(皆殺し)を行ったナチスの非人間性はいわずもがなですが、アメリカ軍が日本人一般市民に対して行った攻撃もすさまじいものがあります。

この年の8月に日本は降伏したわけですが、東京も下町地域を中心に焼け野原状態、各地方都市も空爆を受けて被害を出していた状況で、まさに日本の戦後の復興はゼロからの出発だったのだと思います。

戦争に負けた国の常として、アメリカ軍に占領され、戦後は食料の援助もかなり受けています。昭和27年にようやく各国との講和条約を結び、ふたたび独立国となっているわけです。


■アメリカを恨む日本人はいるか?

戦争とはいえ、アメリカが日本の一般市民に対して行ったことはかなりひどいことでした。終戦当時、被爆された方々など罹災した人々がアメリカに対して抱いていた感情は分かりませんが、しかし少なくとも、現在、日本ではほとんどこの問題は文字通り問題にもされないように思います。

これは、日本を今でも非難する韓国、北朝鮮、中国の対応と比べても決定的に違っている点でしょう。

戦後に生まれた筆者の子供のころを振り返ってみても、アメリカを悪く言う大人は周囲にはいませんでした。それよりは、「あんな強いアメリカに無謀にも立ち向かった日本」であり、「戦争に進ませた軍部、政府が悪い」といった論調であり、一般人は日本政府の方に被害者感情を持っていたように思います。

そして、敗戦は敗戦として置き、一生懸命働き、アメリカにあこがれ、追いつき追い越そうと夢見てこの50年を走ってきたのではないでしょうか。

一方では、次第に原子爆弾の被害の深刻さが世界に明らかとなっていき、軍事的にも、人類共通の認識としても、原子爆弾、核兵器は最終兵器であるという位置付けがなされていきました。

このような悲劇を経験した日本ですが、その後、経済も復興しアメリカに次ぐ繁栄を手にしており、原爆症という放射能による症状に対する研究も進み、血液の病気の治療と研究では世界をリードするまでになっています。

こうしたことは、アラブvsイスラエルの戦いが続く中東アラブ世界にもあるようです。彼らの殺し合いは残念なのですが、一方では、やはり必要にせまられて、爆破で手足が吹き飛んだりした人体の損傷を復元する医療が非常に発達しているのだそうです。


■強く立ち上がる

国単位でも、個人の人生でもさまざまな出来事が起こりえます。そのときに、辛く悲しいできごとが起こったとして、それをどう受け取り、どう対処していくかで、その後の道筋が分かれるように思います。

歴史のイフとして、戦後日本の取った態度がこうだったらどうでしょうか。

アメリカ軍が日本の一般市民を無差別に爆撃したのは国際法に外れている、原子爆弾を投下した行為は人間として許せないと言い、

日本・ドイツ・イタリアの同盟3国のうち日本に原爆を落としたのは黄色人種だからにほかならないと言い、

日本の教科書にその事実を書きつづけ、国民の教育方針としてアメリカのやったことを決して許すなと言い続け、

アメリカの教科書にも原子爆弾で日本の一般市民を爆撃して苦しめたという1文を入れろと迫り、

マスコミも常にアメリカを非難する論陣を張り、アメリカの大統領がアーリントン墓地で戦没者の慰霊をするのは日本人の感情を逆なでするものだと政治家が言い、

30年前、50年前に原爆でこうむった被害を償えとアメリカに裁判を起こす一般市民がパラパラ出てきたりしたら...。

何か、感情という時計が終戦時で止まってしまい、現在ただ今に生きていないかのようです。少なくともこういう風に考えていて、幸せに機嫌よく生きている感じはしません。

そういう残念なこともあった。けれども過去は過去として線引きして、日本を叩きつぶしたような優れたアメリカの科学、知識、文化をぜひ取り入れたい、学べるものは学びたいと、日本は前向きな関係を作る可能性に賭けていったわけです。

その意味でも、日本という国は負けを潔く認めて、相手国を恨まなかったところから、次の発展の道が開かれて行ったように思います。

負けは負けとして足りていない点を素直に認めて、相手を恨まないようにするのは、実は勇気がかなり必要だなと思います。相手を非難する方が簡単ですし、恨んで非難している限り考え方を変える必要もありませんから、ラクなのです。

そうではなく、自分の負けている部分を認めるというのは、自分が何らか成長しなければなりませんから、努力も必要ですし、シンドイことなわけです。

相手を非難したくなるのを踏みとどまる強さが必要ですし、己の不十分な現状を耐え偲んで努力していく強さも求められるからです。

この辺に、国としても個人としても、責任が取れるかどうか、当事者能力があるかどうかが出るように思われます。
 <Rei>

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