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■マルクスのしっぽ(3) 【2003年10月12日】 ⇒ (1) (2) (4) (5 おまけ)
果実をみればその木が分かる / 止まらない非難
/ 淘汰のとき / 共産主義のネック
マルクスを取り上げて3回目です。
今回は、なぜ共産主義では社会が発展しないかをまとめてみました。
■果実をみればその木が分かる
その思想がどんな思想かは、その思想という木にどんな実が実るのかを見てみれば一目瞭然だといわれます。
人間は嫉妬すると、だいたいが、こんな風に行動すると思います。
●まず、「その人」のことを悪く言い始めます。
●「その人」のやることなすことにケチを付け始めます。止まりません。
● そして、自分はあんなやり方はしない、と自分は「反対の方法」でやり始めます。でも、言動は すべて、「その人」に対抗してやることになります。
● 自分の考え方を他の人に話して、「その人」を悪く言う仲間を増やし始めます。
これは、嫉妬した人間の行動パターンですね、周囲にもいますし、筆者も身に覚えがあります。
また、人間はどういうものに嫉妬するでしょう。
● 本人にとって関心のある分野で自分より活躍している人に嫉妬心をいだきます。
本人が興味のない分野で活躍する人をみても嫉妬心はおきません。
嫉妬される側より、嫉妬する側が必ず小さい存在だということです。犬と一緒で、小さい犬の方が大きい犬に向かってやたらと吠え立てているようなものですね。
そして、この嫉妬の結果、どうなるのでしょう。
● 自分が一番関心のある分野(=なりたいもの=つまり、理想ですね)にケチをつけて否定していくので、成功しなくなります。
こうした嫉妬の経過を、マルクスもたどったと見ていいと思われます。
マルクスは、その当時の時代の知性そのものといわれたヘーゲルに嫉妬して、自分独自の理論を打ち立てました。前回書いたとおりです。
その理論は、社会を2つの対立する階層に分けて捉えて、暴力を使ってでも人間の平等を結果として実現するという、「平等」を意識したものでした。でも、人間洞察の不足と経済についての無知のため、この思想の実験は惨憺たるものになりました。
マルクスが強く打ち出したこの「平等を社会に実現」する思想に、各国のリーダー層が強く惹かれていきましたが、彼らがマルクスの思想の誤りを理解していたとは思えません。「平等を実現するんだ」という1点に魅了されたわけです。
つまり、マルクスと同じように嫉妬するタイプの人々が、その思想に感応したのだと思われます。
■ 止まらない非難
権力者や資本家、とはつまり、成功者のことです。労働者(=サラリーマン)が常に社長や上司、政治家などなどを、
「上手いことをやって成功しているが、必ず部下を搾取する、いじめる。だから倒さなければならない」などと国民に教えていく社会は、健全な社会ではないと思います。
日本のとなりにまだ共産主義国があります。たとえば北朝鮮の言動をみると、上記の嫉妬の行動パターンがお分かりになると思います。
常に相手を激しく責め立ててきます。しかし、その奥には、ねじれた憧れがあって、これを見抜かなければならないと思います。共産主義・社会主義国家の特徴がよく出ていると思います。
彼らが非難して、引きずり降ろそうとしている対象が、ほんとうは、彼らのあこがれだったりします。あなたの回りにも、こんな態度の方がいたりしませんか?
そして、マルクスの思想という木に実ったのは、北朝鮮という果実ひとつ見ただけでも、どんなものだったのかがよく分かります。
豊かな日本などへの激しい嫉妬、そして、その奥には、彼ら自身の豊かになりたいという切ないほどの渇望があるのが見て取れます。
■淘汰のとき
マルクスが思想を練り上げたのは、初期の資本主義の時代です。
事業家と従業員の関係なども、まあ、弱肉強食の様相を呈していた面もかなりあると思います。それはもう、ヘタクソだったのだと思います。
そうした社会の不正義に対して、人々は以後さまざまな抗議の声をあげ、資本家の社会的責任や事業家としての倫理観なども整備されていくようになり、また、資本主義社会の制度自体も整備もされていくようになってきたのが、今までの流れだと思います。
これは、資本主義にかかわらず、何事についても、新しい物事の始まりはこんなものなのかもしれませんね。
いろいろやっていくと不都合が出てくるので、そのたびに大勢がチエを絞って考えて調整していき、そのための法律もできて、徐々に整っていき、社会の常識になっていくわけです。
現在では、事業家の倫理観が問われるだけではなく、従業員をはじめ事業活動自体の倫理観の確立が、人々のテーマになっています。
コーポレート・ガバナンスと呼ばれたりします。日本でも、牛乳や肉にウソのラベルを貼ってバレてしまい、傾いた会社がありますね。
株に投資する人は、その企業の企業姿勢から社員教育、社会貢献度、環境貢献度までチェックするという時代になっているのが、現在の資本主義社会の姿だと思います。
こうした資本主義社会の成長というサイクルの中で、共産主義はどう位置付けたらいいのかな?
と考えてみると..
共産主義の意義は、初期資本主義の幼稚さゆえにあった社会不正義を指摘した点にあったといえるのかもしれませんね。
■ 共産主義のネック
マルクス等の考え方には、他の意見を取り入れる発想はないと思います。彼らの世界観では、
資本家/権力者と、労働者という2つの階級があって、
常に、資本家/権力者は悪者で不正を働き、暴力を使っても倒されるべき存在です。
常に、労働者は正しい存在です。
ところが、この考え方でいくと、
ある労働者がお金を貯めて、仕事を工夫して、得意先もできて独立したとすると、たちまち資本家になるので、倒されるべき人々になってしまいますから、なりたくてもなれません。暴力を受けるのもいやですし。
独立しなくとも、仕事をがんばって出世したとすると、昨日までの仕事仲間から今度は引き摺り下ろされる恐怖に苛まれることになります。しかも、国営の企業で給料は同じです。
これだと、個人も豊かになりませんし、社会も豊かになりません。個人の努力が正当に評価されないんです。
ですから、共産主義・社会主義の国では、ごく少数の官僚エリートと、膨大な数の横並びで貧しい一般労働者がいる、という構図にならざるをえないのだろうなと思います。
また、資本家/権力者、上位者は常に悪者だ、自分たちにひどいことをする、と認識するので、悪者は常に相手であって、自分は被害者で悪くないわけです。
となると、自分を変える必要はなくなります。すると、自分も発展しなくなります。
岩をも通すようなこの世界観を変えたら、もう共産主義を維持できませんから、彼らは絶対的に固執します。なので、共産主義思想には理論的な発展は原則、ないんだと思います。
ソ連も、この共産主義・社会主義国家の運営で、ロシア時代からの国の富を本当に減らしてしまい、国民全員が貧乏になってしまって、眼が醒めたわけです。
いま、旧ソ連地域は、周回遅れで資本主義を経験している最中なので、ロシアマフィアから、闇取引から、大財閥まで、なんでもありの状態のようですね。
ある程度、社会全体で学ぶまでいたしかたない面もありますね。 <Rei>
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