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■マルクスのしっぽ(2) 【2003年10月12日】 ⇒ (1) (3) (4) (5 おまけ)
インテリの罠 / マルクスの嫉妬 / 経済オンチ
今回は、マルクスを中心とした考え方を眺める2回目です。
なぜ、ここまで思想が広がったのかを見てみます。
■インテリの罠
共産主義を考えるとき、いつも疑問に思っていたことがあります。
優秀な人々で、国費留学生だったり、国の未来を嘱望される学者や、作家、新聞。そんな各国のインテリ層の人々がなぜ、共産主義にのめりこんで行くのかです。そんなにアタマがいいのに、なぜ?
というところです。
そしてまた、この共産主義を教育された人々も、一旦この考え方にはまると、断固とした革命の戦士になってしまい、他の考え方とまず、相容れません。
この頑ななまでにスゴーイ「確信」はどこから来るのだろうということです。
「絶対的に自分たちは正しい」と彼らが確信しているのは、共産主義のなかにある「平等」の考え方です。
貧富の差もなく、誰からも搾取されることなく、人間としての尊厳を等しく享受できる社会。こういった社会を創るんだという、熱い純粋な情熱が根底に見て取れます。
だからこそ、社会のリーダー層の人間が、共産主義による社会改革に共鳴するのだと思います。社会を変えて、虐げられた人々を救いたい、という動機です。
その社会のリーダーとして現実社会を見れば見るほど、社会正義が行われていないことへの怒りと、変革の必要性を痛感していくのだろうと思われます。
この平等への強烈なあこがれは、
連綿と受け継がれてきた人類共通のユートピア思想の一端につながるもので、そして、このユートピア思想を現実の社会に性急に実現しようとしたのだと思われます。
ですから、国境を越えて、純粋で優秀で多感な青年層が多数、共産主義に身を投じていった面があります。
動機としては、理解できるものです。でも、実際は、
そういうインテリ層が、共産主義に身を投じていき、革命を達成した後には、自国のインテリ層を粛清していき、一部の特権階級と等しく貧しいその他国民と破滅した国民経済を抱えて、国家運営にも行き詰まっていく。
という醜い姿になってしまいました。これは、動機は良しとしても、方法論に間違いがある、ということだと思われます。
インテリが陥りやすい一種のワナなんだと思います。
■ マルクスの嫉妬
マルクスの思想は、嫉妬を巧みに理論化したものです。嫉妬の思想を出すぐらいですから、マルクス本人も誰かに嫉妬していたわけです。
それは、ドイツ観念論哲学を完成させたヘーゲルだと指摘されています。
ヘーゲルといえば、弁証法で有名ですが、この世界の動きを弁証法(正・反・合)という法則で進むと喝破した哲学者です。そして物事の奥には、絶対精神という名の神の存在がある、哲学の使命はその最高の真理である「理念」を把握することだ、としました。
この哲学の高みは、一般人はもちろん、普通の学者でも、とてもついていけないもので、さっぱり内容は分からなかったのだと思います(筆者もそうですが)。ヘーゲルの死後すぐにヘーゲル批判が出ます。その1つの「青年ヘーゲル派」の人々とつきあって、マルクスは大きい影響を受けています。
青年ヘーゲル派は、ヘーゲルの『現実的なるものは理性的である』という言葉を、
→現実は理性的・合理的でなければならない
→不合理なものは現実から一掃しなければならない
と解釈して、性急な革命思想へと変換していきましたが、マルクスの「暴力を使っても革命を起こす」、後の「共産主義に反対する人間を粛清する」考え方になっていったようです。
また、青年ヘーゲル派は、キリスト教の福音書を「神話」だとします。この宗教否定は、後にマルクスの「宗教はアヘン」だとする言動になっていきます。
さらに、マルクスは、当時出版されたダーウィンの「種の起源」を読んで感激して、ダーウィンに賛辞を贈っています。そして、執筆中の「資本論」の中にダーウィンへの賛辞を入れたいと申し出て、ダーウィンに断られているようです。
なので、マルクスの思想には、唯物思想が入っているのがもう1つの特徴です。これも、結局は、絶対精神の存在を説くヘーゲルへの反発から出てきています。
共産主義国では大量に国民を粛清しますが、その躊躇なさの裏には、この唯物思想があります。彼らには、人間が、単に、原子・分子の集まった労働する物体にしかすぎないわけで、人間の尊厳をその程度に見ているので、簡単に殺せるのだろうなと思われます。
■ 経済オンチ
3つ目のマルクスの特徴は、経済にうといことでしょう。
マルクスが生きた時代は、産業革命が軌道に乗りはじめて、各国に資本家層が出てきた頃のことで、大部分は為政者と農民、軽工業の資本家と農民から転じた単純労働者、という経済社会でした。
なので、その時代の経済構造を元に思想をつくったのですが、それ以後の経済・社会の急速な進展を予測していたものではなかったと思います。
そういう思想なので、今でも共産主義・社会主義経済でやっている国(やっていける国)は、為政者が経済にうとい停滞した農業国か、軽工業までの国に限られます。
発展しようとすると、党が統制する計画経済のわく組の中ではできなくなってくるからです。
ソ連も、1989年に崩壊しますが、その原因はアメリカとの軍拡戦争を支える自国の計画経済の崩壊でした。
「マル経」と呼ばれて一世を風靡したマルクスの経済理論は、実際の社会経済の中では通用しなかったわけです。日本の大学では、いまだ、かなり左傾学者と教授が「マル経」教室を持って研究して教えているようですが..。
「経済」には、その中に、需要と供給に応じて自立的に動くというメカニズムがあるので、これを人為的に操作できると、考えること自体にムリがあり、マルクスは経済オンチなんだということが分かります。
来週は、なぜ資本主義が残り、マルクスの思想が負けたかを別な面から見てみます、お楽しみに <Rei>
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