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人前で話す人の教養のタネ ひとくち漢文
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一人でやれば個性、皆でやればそれはカルチャー。

人間社会の多様性を知る楽しみがあります。

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■教育のグランドデザイン
(4) 【2003年7月27日】  
100年の設計 / なぜ勉強するの? / 国を愛する
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今回は、教育をもうちょっと大きい目で眺めてみたいと思います。「グランドデザイン」というタイトルと話の内容が合っていないのではないか、というご指摘をいただきました。男性読者のことを考えると、現状を少々長くご紹介しておくほうが良いだろうということで、引っ張りましたので..。

■100年の設計

「グランドデザイン」という言葉を最近聞くようになりました。

今後100年、200年に渡り続く考え方の骨格をつくるといった意味で、「グランドデザイン」という言葉が使われています。

「教育のグランドデザイン」を考えてみようというのは、ですから、かなりの大筋の話になりますよね。

「教育」を考えるのは大人です。「教育を考える」という話は、現在の子ども、その子どもが成人して産む子ども(孫)、その子ども(孫)が成人して産む子ども(ひ孫)までの3代、約100年間の教育のあり方をどうしていくのか、という話しになるということです。スケール大きいですねぇ。

言い換えると、100年後にどういった人間が必要とされるのかを考えて、そのプログラムを準備することかもしれません。

それだけ、教育は人間性形成の根幹に関わる問題であり、影響が3世代にまで渡り、その国の民度を規定していくからですね。

ですから、教育を語るときにまず注意したいことは、

単なる教育制度をどうするかといったレベルの話に矮小化してしまわないことだと思います。

というのも、教育制度うんぬんは大事ですが、教育問題の本質ではないからです。

先日も、長崎の中学生が凶悪事件を起こしました。現状では、少年法の適用を14歳から12歳に引き下げる動きが出る程度でしょうが、誰も根本的な方法だと思っていません。ただ、何かしなければいたたまれない、というところだと思います。

このように、日本では、何か子どもが問題を起こすと、すぐに学校が悪い、教育が悪い、ということで制度に責任転嫁する傾向があります。凶悪事件を起こした子どもの学校長の懺悔のことばが新聞に載ったりします。が、本人の責任と、直接影響を与えてきた人々の責任に尽きていると思われます。

さて、教育を新たに考えるとして、



■なぜ勉強するの?

まず、教育って何なのでしょうか? 

これは、難問ですねぇ。即答できる方はそうそういらっしゃらないのではないでしょうか?

自分にとって教育とは何か、というように自分の立場や条件をつければある程度答えやすいのですが、そのような条件を全て取ってしまった場合、どうでしょうか?

これは、考えるほどに奥の深い問題だとわかります。

この「教育」を考えれば考えるほど、結局、人間とは何なのか、人生とは何なのか、この社会はどういうものなのか、といったより本質的な問題とリンクしている事柄だと分かるからです。

教育を考えれば考えるほど、人間についての深い洞察が必要になります。

人はその能力や得意不得意はそれぞれ違いますが、誰もが「知りたい」「向上したい」という欲求を持っています。何を知りたいのでしょうか? また、何を知ったら満足するのでしょうか? 

ひと言にひっくるめて言えば、大宇宙を統べる真理をつかみたいということだと思います。ですから、

教育も、実はこの広大な真理を教えるということが高邁な目的としてあると思います。

小さな計算問題をするときも、漢字の書き取りをするときも、その奥には、この宇宙を統べる真理の一端につながっているという事実を、その驚きを、その喜びを、どれだけ教師が伝えられるかだと思います。

この大宇宙を知る手始めに、国語、算数、理科、社会、などの入り口から少しずつ学び知っていく素晴らしさをどれだけ伝えられるかだと思います。

こうした教育の高邁な目的を外したらどうなるか、ですが

それは、単にこの世を生き渡る実用学に堕していくのだと思います。学問が、良い生活を保障する単なる手段になってしまうわけです。先生も、学問を技術的に細切れにして教えるサラリーマンになっていきます。両親も、塾に手っ取り早い成績アップを求めていきます。

日本ではこの50年間、こうした教育の目的を蔑ろにして、経済発展のみに傾いて走ってきたために、「学ぶ意義」「教える意義」すら分からなくなってしまっている面があります。

「なぜ勉強しなければならないの?」と子どもが聞きます。

大人(両親)は、教師は、今後は、これに正面から答えなければならないと思います。


■国を愛する

人生の基礎を学ぶ時期に、何を教えるかですが、日本では現在、文部科学省が「ゆとりをもって個性をも伸ばす」ことを唱導しています。

アメリカの場合はどうでしょう。アメリカの初等教育の目的は2点のみだといわれます。

つまり、「アメリカの良さを教え愛国心を植え付ける」ことだそうで、毎日子どもに星条旗に向かって胸に手を当て、宣誓させているのだそうです。すごいですねー。

今、日本の教育改革の手が経済人から挙がっているのは、

実は経済界の人々に危機感があるからです。

それは、世界に出たときに、自国の歴史を語り、自国を愛さない人間が世界で尊敬されることはないからです。それがよーく分かるので、自国の歴史に誇りを持てないような今の教育を変える必要があると言っているわけです。

話題にもなりましたが、国際的なスポーツ大会で、国旗掲揚がされると、外国選手は手を休めてすぐに国旗に敬意を払いますが、そのとき、ボーッとしたり手を休めなかったりして国旗に敬意を払わないのは日本人選手なのだそうです。

結局、教わっていないので、国旗に敬意を表するということが分からないのでしょうが、「国旗に敬意を表するということが分からない人間がいる」ということ自体、外国選手には理解不能だろうと思われます。

来週は、教育に求められる要素をさらに見てみます、お楽しみに 
<Rei>

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