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■漢字異聞(3)【2003年12月21日】 (1) (2)
始皇帝の文字統一 / 言文一致への道 / 漢字の逆輸入
漢字コラムの最終回、
今回は、中国語の近代化の矛盾を見てみます。
■始皇帝の文字統一
一口に中国人(漢族)といっても、言語も、文化的な背景も幅広いものがあり、これをつなげているのが表意文字の漢字です。
普段の話し言葉の文法とは無関係に、独自の簡単な法則を決めておいて、使う漢字も限定して、その中で意思を伝えるというコミュニケーション方法を2000年ほど使ってきたわけです。
これを行ったのが、秦の始皇帝です。
普通、どの言語も進化の過程で、「話し言葉」と「書き言葉」を一致させる方向にいくのでしょうが、彼は、「書き言葉」だけを統一するということをしました。ここが、ミソですね。
なぜ「話し言葉」まで統一しなかったのか?
というより、彼も、そんなことは出来なかったんだと思います。
で、それぞれの言語で上がってくる諸国や地方の報告書に、一定のスタイルを持たせました。
儒家集団が古典としていた「詩経」「春秋」「易経」の読み方に習ったといわれますが、漢字の数を制限して、書体を統一して、その漢字の読みを決定しました。
本来なら、漢字はその「ヘン」と「ツクリ」の組み合わせで、自由に新造語が造れるので、その当時もさまざまな読みとツクリ、書体の漢字が出回っていたわけです。
この、諸国民間のさまざまな読みや文体、書体を追放したのが「焚書」です。
そのために、以後、統一漢字で文書を作成する専門家が必要になり、科挙制度が始まっていくことになりました。ですから、科挙の受験者は、「詩経」「春秋」「易経」などの四書五経、漢詩などを丸暗記して、どの漢字をどの文脈でどのように使うかを体得した者だけが採用されるという、ものすごいことになったわけです。
エリートを「読書人」というのは、文字通り統一漢字の読み書きの達人ということなんだと思います。
ですから、時代を経るごとに、話し言葉と書き言葉の乖離がどんどん進むことになりました。
また、始皇帝の行政上の必要から漢字を選んだので、感情や曖昧さを表わす漢字は逆にはじかれていくことになりました。通達を出すのに、曖昧さがあっては混乱の元ですから。
■言文一致への道
漢字の限界は、話し言葉をそのまま表記できないことですが、
これについて、中国語の近代化を進める動きが出たのは、魯迅らの進めた1917年の文学革命です。
明治期に日本に留学していた魯迅は、その頃の日本の言文一致運動にも触発されたのでしょうね。
日本語を覚えた魯迅が、まず、日本語で考えたことを中国語の話し言葉に移して創作したのではないか、というのは、東京外国語大学名誉教授・岡田英弘氏です。
これは、白話文という新しい口語文体を誕生させましたが、「従来の漢文」とは「違う文法と読み」のものが1つできただけだったようですね。
誰でも、難しい勉強をせずに、話し言葉を表記する方法が求められてきましたが、一筋縄ではいかないようです。
・ 1918年には、「注音字母」というカナのような表音文字を作って、漢字のそばにルビを
振る
・ 1958年には、「ピンイン」というローマ字表記法を採用(大陸で使用)
と、取り組んでいますが、全地域を網羅するものにはなっていません。
というのも、地方の話し言葉には、漢字に乗らない音や、他の地域では発音しない音もありますから、結局、全員が理解できるものではなくなるわけです。
つまり、いま現在話されている各中国語を、忠実に音を拾って表記すると、始皇帝以前の状態に戻ってしまうという、ものすごいパラドックスを抱えています。
なので、現在は、北京語をもとにした普通話=プートンホワを公用語として推進しているわけです。
これは、北京語圏以外の人々にとっては、結局、外国語です。
■漢字の逆輸入
日本が漢字を取り入れたとき、すでに、日本語としての言語(やまとことば)が確立していたのが幸いしました。
日本は、音読み・訓読み両用、かな、カナという使い方で、表意文字の漢字を、表音文字としても表現するという発想の転換をやり、日本語表現を構成してきました。漢字は、日本語表現をより豊かに奥行のあるものにしてくれています。
そして、奈良時代以降、「日本で新たに作られた漢字」=国字も多数あり、こうした和製漢字が中国に逆に取り入れられたのが、明治時期です。
日本は、幕末から積極的に西洋の概念や文物などを漢字に移し変えて、その新しい西洋を日本に取り入れていましたから、日本に留学した中国人学生は、この日本から当時の西洋の思想や文物などを吸収したのだそうです。軍事、科学、司法、民法、行政、など広範囲に渡ったといいます。
ですから、中国語の近代化に、日本が果たした役割は大きいのだそうです。
漢字の国がどうして、そう遅れることになったかですが、やはり、この漢字の統一が絡んでいるように思えます。
表意文字の場合は、あらかじめ文体、読み、書体を決めて了解しておく必要があり、時代が進んでも、その約束事に沿って漢字を使わざるをえないわけで、常に過去の用例に従った漢字でしか書き表せないということになるからです。
時々刻々と変化していく言葉や、創造活動の表現には即応しにくいのだと思います。
「ワイルドスワン」というイギリス在住の中国人作家の書籍があり、日本版の宣伝コピーに、「作者が英語をマスターすることによって初めて全貌が明らかとなった、中国近代・現代史の実像」という内容のものが当時ありました。大げさだなあ、と当時はその意味がよく分からなかったのですが、
言文一致した他言語でようやく、微妙な心理のひだまでの表現が可能になるという、漢字言語の問題点を言い切っていたんですね。
出版当時、こうした漢字言語の問題点を、どの程度日本人読者が知っていたかはわかりませんが...。
今週で漢字コラムは終了です、中華思想については別の機会にまとめる予定です。
ちょっと、回りくどくて難しかったでしょうか?? <Rei>
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